腕が機材にそぐわない
デジタル一眼を使うようになって思うことがある。
もしかしてK100Dってイマイチなの?・・・ってね。
これまでのお気に入りカメラを思い返すと、幼少の頃は祖父ちゃんのメーカー不明二眼レフ、高校生から社会人にかけて CANON AE-1、中年のヒマツブシに CANON Powershot S1IS となる。
過去撮って来た写真を見ると、ピークの時は道具の問題ではなく、二眼だろうが一眼だろうがコンパクトだろうが現在よりもずっと良い画像がそこにある。
その「良いと思う画像」はISO感度50だったり、日中の十分な光量の中で高速なシャッタースピードであったり、さらには何百枚もの失敗の中から残った1枚であったりする。
だから決してK100Dのせいではないと思うのだが、どうも使い始めて日が浅いというのと、PENTAXの自然な描写が以前のCANONとのギャップがありすぎるのと、ISO最低感度200というのがひっかかっている。
花や鳥を撮っている限り、以前のコンデジの方がぱっと見た感じは映える画像が撮れていたような気がする。
しかし、上の「湾の静寂」のような夕景写真はこれまで所持していたカメラでは撮れなかっただろう。
時間帯が日没直後なので、焦点距離:70mm(35mm換算で105mm)/ISO感度:200/露光時間:1/80秒/絞り:F5.6でなんと手持ち撮影である。
そして、ある意味PENTAXらしい(デジカメらしくない)描写が功を奏して「海」が「海」に見える。
更に広角に引いた左の画像では、焦点距離:18mm(35mm換算で27mm)/ISO感度:200、絞りをF8まで絞ったので露光時間は1/25秒であるが、これもなんと手持ち撮影なのである。
SR(手ブレ補正機能)の凄さをしみじみと感じた。
現像パラメータで調整はしているものの、上から下までの階調がほとんど失われず、暗い水面のうねりや明るい雲の凹凸がわかるってとこは、以前のコンデジでは無かった感動部分である。
これだけでもデジイチにして良かったと思える。
こうやってじっくり構えて撮影ができる状態ならば、K100Dはすでに今までのカメラよりも優れていると感じるわけだが、動く鳥や昆虫、色彩豊かな花のマクロなどになると今ひとつパンチが無い画像しか撮れていない。
これは恐らくレンズ特性をつかみ切れていないのと、僕自身の現像技術の低さに起因すると思われる。
現在のK100Dは使いこなせてない分、お気に入りになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。


